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28歳で資産1.5億円を突破し、現在の総資産が10億円を超える敏腕投資家がいる。マネーリテラシー向上を目的としたスクールを運営する株式会社VisionCreator代表の、武藤孝幸さん(34歳)だ。
その経歴は極めて異色である。早稲田実業野球部で春の甲子園ベスト8を経験し、三井住友信託銀行に入行。しかし、将来を嘱望されたエリートコースをわずか1年半で外れ、独立を決断した。その後、日給8000円のゴルフ場キャディとして食いつなぐ時期も経験したという。
どん底から這い上がり、なぜこれほどの資産を築くことができたのか。その裏にある投資哲学と波瀾万丈な半生に迫った。
◆昭和的な気合と根性に満たされた野球界に嫌気がさし、人生初の「損切り」
1991年生まれ、東京都出身。小学生から野球を始め、中学時代は地元のボーイズリーグ(中学硬式野球団体の一つ)に所属していた。時代はすでに平成。それなのに、そこは些細なミスで理不尽に拳が飛ぶ昭和的な気合と根性の世界だった。「子供ながらにおかしいと思っていた」と当時を振り返る武藤さん。そんな中学3年生の夏、ある事件が起きる。
「春の全国大会出場を経て、夏の予選でも強豪に勝利。全国への切符をほぼ手中に収めた直後のことでした。監督が『練習の参加率が低い。勝てばいいわけじゃない』と激昂し、雨の中で3年生全員を正座させて説教を始めたんです。納得している部員など一人もいませんでしたが、一人ずつ詰め寄られると、誰も監督に楯突くことはできません。
そんななか、私が正直に『受験勉強と野球を両立させたい』と伝えると、その場で『やる気がないなら、今すぐ辞めろ』と、まさかの退部宣告。監督からすれば『それでも野球をやらせてください』という言葉を引き出したかったのかもしれません。ですが、私は『話の通じない相手に頭を下げてまでしがみつく必要があるのか』と思い、その場でユニフォームを返すことに決めたのです」
「せっかくここまで頑張ったのだから」という感情的な執着を捨て、今の自分にとって何が一番大事かを天秤にかける。そして、見込みがないと判断した場所からは潔く撤退する。15歳の武藤さんが下したこの合理的な決断は、まさに人生初の「損切り」だった。この判断が功を奏し、武藤さんは見事、難関・早稲田実業への合格を勝ち取ることになる。
◆名門校・早実で甲子園の土を踏みしめるも……
武藤さんが入学した2007年は、早実が「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹選手を擁して甲子園初優勝を果たしたわずか半年後だった。熱狂の冷めやらぬ名門校で再び野球を始めた武藤さんは、高校2年生の時に念願のベンチ入りを果たす。レギュラーではなく「代走」という役割ではあったが、夢だった甲子園の土を自らの足で踏みしめた。
しかし、武藤さんの野球人生は決して順風満帆ではなかった。2年生の秋、新チームでレギュラーの座を奪取した矢先、重度の肉離れが武藤さんを襲った。それでもポジションを譲るまいと痛み止めを飲んで試合に出場。甲子園への切符を掴むまでは執念でレギュラーを張り続けたが、無理がたたって怪我が悪化し、深刻な不調に陥ってしまう。奪い取ったはずのポジションは、甲子園を目前にして無念にもライバルの手に渡った。
「3年生の夏には、レギュラー復帰を諦めて二軍のキャプテンとしてチームを支えると腹を括りました。その時、人間には『適材適所』があるのだと身をもって知ったんです。同世代には、のちにメジャーで活躍する菊池雄星選手のような『野球の才能100点』の怪物たちがゴロゴロいた。彼らと比較したとき、自分は全科目80点の『バランスタイプ』だと悟りました。
ですが、突出した才能がなくともレベルの高い環境に身を置き、適切な努力を継続しさえすれば甲子園にだって手が届く。この早実時代の教訓が、その後の人生を大きく左右することになりました」
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